読書

何者にも慣れない自分―『何者』を読んで

こんにちは、カイトです。

今回は朝井リョウさんの直木賞受賞作、『何者』を読んだので、そのレビューをしていきたいと思います。

就職活動を目前に控えた拓人は、同居人・光太郎の引退ライブに足を運んだ。光太郎と別れた瑞月も来ると知っていたから――。瑞月の留学仲間・理香が拓人たちと同じアパートに住んでいるとわかり、理香と同棲中の隆良を交えた5人は就活対策として集まるようになる。だが、SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする、本音や自意識が、彼らの関係を次第に変えて……。直木賞受賞作。

本の裏表紙より引用

今回の記事では、まずまだ読んでいないよ!という人に向けた紹介と、がっつり読んだ人に向けた感想の二部構成で進めていきます!

就活生には読んでほしい!でも少しトラウマにもなるかも…??

現在2年生で、約2か月後には3年生になる僕。

理系に所属しているので院進する可能性も大いにあるとはいえ、年次的にはもうすぐ就活も視野に入れることになるこのタイミングでこの小説を読めたのは僕的には良かったと思う。

この小説では就活を目前に控えた御山大学に通う、拓人、光太郎、瑞月、理香、隆良、そして大学を中退して演劇一本で活動するギンジ、拓人のバイトの先輩で同じ大学に通うサワ先輩によって進められていく。

僕はこの小説を勝手に早稲田大学の文系学部に通う学生たちをイメージしながら読んでいた。

朝井さんが早稲田卒というのもあるが、何となくここで出てくる大学生の人物が僕のイメージする早稲田生と重なったからだ。

演劇サークルを頑張っていた拓人。

バンド活動に勤しむ光太郎。

留学で海外へ行っていた瑞月と理香。

難しい本を読んだりいろいろなセミナーに参加するも、すべてに達観したように一歩引いた視点でいる隆良。

大学を中退してまで自分の夢を追うギンジ。

大学生にもなると、何に重きを置くかで色々な人物が現れると思うが、それぞれのカテゴリーから一人ずつピックアップしてきたかのような見事な人選だと思う。

ここでは瑞月と理香は同じ括りで書かせてもらったが、物語を進めていくと全然違うことがわかる。

ここのあたりはネタバレにもつながりかねないので詳細な説明は省くので、是非本作を読んでほしい。

最初はみんなで就活対策をするもメンバーの中で大手企業の内定者が出たり、企業に落ちまくったりと読んでいるこっちもハラハラするような状況になっていく。

そういう意味では就活を控えている人にとっては少しトラウマになるかもしれない。

これもリアルだと思うので僕は就活前に読むのをおススメする。

逆に就活活動を終えた人たちは自分の就活と照らし合わせながら読むのも面白いと思う。

ただこの小説の醍醐味はなんといっても、就活というイベントを通じて描写される人間のいやらしさだ。

人間はだれしも本音を隠しながら生きていく。

言葉では共感していながらも心のどこかで小ばかにしたり、見下したりすることもある。

特に就活というある意味での“戦い”では人間の嫌な側面が否が応でも出てしまう。

この小説はそこの描写が絶妙に上手い。

冒頭にも述べたが、この小説の登場人物はみな違うカテゴリーに属している。そのことによって生まれる、それぞれの本音と建前のぶつかりがいが垣間見えて面白い。

そしてこの本音を吐露される場がTwitter。

建前の“本アカ”と本音の“裏アカ”。

物語で適度に挟まれるツイートがこの物語にいいアクセントを与えていた。

そんな裏表が激しいこの物語である意味異彩を放っていたのがサワ先輩。

SNSを一切やらないというサワ先輩が放つ言葉には真実味があって重みを感じた。

僕自身、朝井さんの作品を読むのは、『桐島、部活辞めるってよ』『スター』に続いて3作品目になるのだが、本当に人間の持っている言語化しにくいような、もやッとした部分を表現するのがうまいと思う。

これからも少しづつ朝井作品は読んでいきたい。

人間、誰しも本音を隠しながら生きている。

ここから先はネタバレも含みますので、まだ読んでいないよという方は、読まないように注意してください!

僕も含め、多くの人間は誰しも本音を隠して生きていると思う。

完璧な人間っていうのはこの世に存在しない。だからと言って弱い自分、無力な自分を無条件に他人にさらけ出すのも怖い。

だからみな強い自分を演じ、弱い部分は包み隠す。と僕は少なくとも感じるし、そうしてきた。

そういう意味ではこの物語で主人公の拓人が語る内面の部分は当初かなり僕に刺さった。

もっともっとがんばれる、じゃない。そんな、何の形になっていない時点で自分の努力だけアピールしている場合じゃない。本音の「がんばる」は、インターネットやSNS上のどこにも転がっていない。すぐに止まってしまう各駅電車の中で、寒すぎる2月の強すぎる暖房の中で、ぽろんと転がり落ちるものだ。

引用元:『何者』pp138

ある意味僕はこの物語を通して拓人の考え方に洗脳されていったともいえる。

無条件に洗脳されたというわけではない。むしろ自分の根底に同じような思いを抱えていたからこそ読んでいて拓人の発する言葉、考えが気持ち良すぎて自然と考えに共感していったという方が正しいだろう。

そこは少なくとも僕に限らず、多くの読書は感じたと思う、いやそう信じたい。

「確かにギンジ痛い奴やん……。大学辞めてまで夢追ってましてやセンスもあるのかどうか怪しいし自分の才能を信じて疑わない系の人ね」

「隆良、ツイッターであんな調子いいこと書いておいてがっつり就活してるのださいな。でもなんか普通にするのは許せないのか知らないけどあえてスーツ着ない就活しに行ったり、それをツイッターで書いて俺は染まらないぞ的なアピールするのももっと痛いわ」

「理香、あんな真面目に頑張っててるのに落ちまくってるけど、ツイッターでは強がってるの見てられないよね」

なんて読んでるみんなも思ったはず。

そしてそういう考えを拓人の心情表現や発言からヒシヒシと感じたはずだ。

この時、読んでる僕自身は気にもしていなかった。

そう言っている、拓人。お前はどうなん?って。

そう、拓人は自分のことは棚に上げ、他人を分析し悦に浸っているだけだった。

よく考えれば途中のサワ先輩の言葉にも表れていたと思う、そういう拓人をたしなめる部分が。

「いくら使っている言葉が同じでも、いくらお前が気にくわないって思うところが重なっていたとしても、ふたりは全く別の人間なんだよ」

引用元:『何者』pp203

恥ずかしながらここら辺の描写の時に僕は、「サワ先輩何言ってるの??似た者同士のふたりじゃんか」って思った。

でもやはりサワ先輩の言うとおりだった。

僕はこの物語を読んで

ギンジは自分がやりたいと思ったことを自分の外にアウトプットして、いろいろな評価を得ている。もちろんいいものも悪いものもあるけど。

隆良は100%のものをお客様に出さないと恥ずかしいだ失礼だなどとこねくり回してはいるが、結局自分の頭の中で理論を組み立てているだけで全くそれを社会にアウトプットできていない。評価されるのを怖れているだけの人。

と結論づけた。そしてむしろ隆良の方が拓人に似ていると感じた。

自分のことは棚に上げて、他人に対しては厳しい評価を下す。

でも僕は途中までそんなことにも気づかずに拓人に肩入れしてしまっていた。

だから物語の最終盤、理香によって明かされることには心底驚いたし正直、拓人にはがっかりさせられた。

拓人が就職に失敗していて就職浪人をしていたという事実。

そしていまだに内定をもらえていないという事実。

それを知ったうえで今までの発言や考えを振り返ると一番痛いのは誰なんだろう。

そしてそれをご本人様に親切にも解説してくれる理香は性格が悪い。

「……。カッコ悪い姿のまま本当にあがくことができている人を見るのが怖いから。本当は自分にもその方法しか残っていないってことを、思い知るのが怖いから。距離をとって、アマチュア演劇掲示板なんていう遠く離れたところからギンジくんのことを観察してる。またお得意の観察だよね」

引用元:『何者』pp314

この物語、読み終えた後の感想としては、

拓人→正直言いたいことはめちゃくちゃわかる。けどやっぱり立場を考えると説得力に欠ける。

光太郎→ただただ羨ましい。こういう、何考えているかわからんけど、何だかんだうまくことを運べる人っているよね……。恨めないけど羨ましくて個人的に嫉妬してしまうタイプ。

サワ先輩→信頼できる!いい人だー!

瑞月→救われてほしい、心から頑張ってほしい。

理香→気持ちはわかる。ただどうしてもこういう人種は好きになれない……。腹黒いし言葉の先に極細の針をつけるな。そしてそれをいくら何でも瑞月に向けるのはひどすぎる。瑞月の事情を知らないにしても。

隆良→やっぱり最後まで好きになれんかった。(よくないのはわかっているが) 僕自身こういう人種は嫌いだからっていうのもある。

ギンジ→何だかんだ退路を断って夢に向かっていく姿勢は尊敬できるし、何もできていない僕が批判する方が痛いと思った。

となった。この感想は僕の腹黒い部分も出ていると思うが正直に書きたいと思う。偽るところでもないし。

さて、こうやって物語を俯瞰して語っている自分はどうなんだろう。

僕自身この人物たちを分析し、人によっては見下しているけどそんなことを言う資格、あるの??

そう考えたとき、背筋に冷たいものを感じた。

僕自身も拓人と同じで自分のことを棚にあげ、観察者としてみている節はないのか。

それこそSNSを通じて流れてくる友人の近況報告。

それを見て心の中でマウントを取ってしまう自分もいた。恥ずかしながら。

どうせ……。僕だってやれば……。そうやって現実から背けている自分がいた。

ただそういう自分には2年くらい前からうすうす気づいた。

そして少しずつだが向き合うようにした。

だからポテンシャル的に“未知の自分”と比較するんじゃなくて、できる範囲で行動しようとした。

性格なんて簡単に治るものではないし、おそらく一生付き合うものだろう。

こうやったとっさに出てしまうねじ曲がった考えは多分消えない。

でもそのとっさに出た考えをそのまま消化しないようにしたい。

一度自分の中で咀嚼しフラットに評価する。

自分の根底にある部分を見直すいいきっかけになった。

2022/2/18

-読書