映画 雑記

銃社会について考える(映画『デスウィッシュ』のレビューに添えて)

更新日:

こんにちは、カイトです。

またアメリカで悲しい事件が起こってしまいました。

2020年の8月23日にアメリカで黒人男性が警察官に発砲されるという事件がありました。(詳しくは↓の記事参照)

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63093930X20C20A8000000/

この事件をきっかけにアメリカでは抗議デモも起こっていて、地域によっては夜間の外出禁止令が出たり、スポーツも一部中止になるなど、アメリカ全体に重苦しい雰囲気が漂っています。

この事件にはアメリカ社会の闇の部分を象徴している問題であり、さらに今後のトランプ大統領やバイデン氏の動き次第では、11月の大統領選挙にも大きな影響をもたらしえると思います。

今回はその中でも銃社会について書いていこうと思います。

いきなりですが…

日本では何か事件が起きたらどうしますか?

多くの人はまずは110番をして、基本的には警察が来るまで逃げるなりして耐えて、本当に命の危険を感じない限りは相手に攻撃をしないと思います。

そもそも基本的に日本での事件は銃を使われることがほとんどなく、刃物が凶器で使われることが多いので、相手と十分な距離を保てば殺される心配が少ないという心理も働いていると思います。

完全に余談ですが、昔うちに泥棒に入られかけたことがあります。家族みんなが出かけていて完全に空き巣状態だったんですが、その時犯人は大胆にも我が家の駐車場に車を停め、掃き出し窓を刃物でくりぬいていました。
(その日は休日の昼間だったこともあり、犯人は窓のカギを開けて侵入しようと試みていたので、カギが開けられるようにカギ周辺の窓をくりぬいていた。)
その時、偶然にも父と僕(当時小学生くらい?だからあんまり記憶がない)が帰ってきて、後ろから父が「何してるんですか?」と声をかけたところ、驚いて犯人は逃亡しました。

今考えれば普通にめっちゃ危ないやんって思ったんですが、お父さんはなんかの業者さんかと思い、声をかけたみたいで、まさか泥棒だとは思わなかったみたいです。

結局犯人は見つからず、窓ガラスは保険で何とか直りましたが…

これが銃が当たり前の社会で起きてたら、おそらく僕と父の命はなかったと思います…。

でも、銃が一般的に普及しているアメリカでは何か事件が起きたら、「自分の身は自分で守る」という意識からやむおえない場合は銃を使ってでも身を守るという考えがあります。

もちろんほとんどのアメリカ人は銃なんて使いたくないとは思っていますが、もしものためにということで、銃を持っているという家庭も多くあります。

もちろんアメリカ内でも銃規制については賛否両論あって、元大統領のオバマさんは銃に否定的であったのに対し、トランプ氏は身を守るためには必要なものだと言っています。

ここでですが、みなさんは『デスウィッシュ』という映画を知っていますか?

この映画はアメリカの銃社会を題材とした映画で、銃社会のアメリカにとってとても考えさせる内容となっています。

簡単にあらすじを紹介します。

外科医である主人公のポールは勤務中、自宅に強盗が入り妻は銃殺され娘は一命はとりとめたものの意識は戻らないほどの重症になってしまう。警察に早く犯人を捕まえるように言いかけるも、警察も全力は尽くすと言いながらもなかなか犯人を捕まえられないという状態に。そんな中、ポールは拳銃を買い、自らの手で妻と娘を撃った犯人に裁きを与えることを決心。その過程で様々な悪人を銃殺していき、黒いパーカーを身に纏い、次々と悪人を銃殺していく彼の存在はGrim Reaper(死神)としてすぐさまアメリカ中で話題になる。そして最終的に彼は妻と娘を傷つけた相手に復讐を果たすことに成功する。

この映画はまさにアメリカの銃社会の縮図と言えると思います。

映画内ではこのポールの行動に賛同する市民もいて、物語自体も銃社会を肯定しているとも捉えられてもおかしくはありません。

実際この映画が公開されたのは2018年で奇しくもこの公開前にはフロリダ州の高校で銃撃事件が発生しておりアメリカ国内でも批判的な評価が多く寄せられた作品ともいわれています。

色々考えさせられる内容なので、若干怖い内容になってはいますが、興味のある方は是非一度見てみてください

今回は、アメリカと日本を比較しながら銃について話してきたわけですが、日本だってつい75年くらい前までは銃が平気で認められていたわけです。

それが戦後の1946年に法的に禁止され今に至っています。

たまたま日本は銃規制に成功しましたが、これは文化や国民性そして時代によるものが大きく今の時代、他の国で銃規制がうまくいくのかと言ったら、難しいと思います。

結局、銃社会をなくすためには、信用問題だと思います。

自分以外の他人が絶対に銃を放棄するとなれば、少なくとも自衛のためには銃を持つ必要はなくなります。

ここでは絶対にというのが肝心で、絶対でなければ安心はできないでしょう。

まあ、感情がある以上、絶対なんて言うのは無理な話でだからこそある程度まで拘束力がある法というものがあるわけで、完全に他人との信頼関係によって銃を手放すのは現実的には難しいです。

今回紹介した、『デスウィッシュ』では主人公のポールが復讐を果たし、ハッピーエンドになっていましたが、さすがにこれは良くないと思います。

100歩譲って自己防衛で銃を使うことは仕方ないとしても、復讐からは何も生まれません。

復讐をすることでそこにまた新たな憎しみが生まれ、また復讐が繰り返されていきます。

僕はこういった大切なことは全て『NARUTO』から学びました…笑

もちろんアメリカのみならず、世界中で銃の使用を規制することは理想的かもしれませんがそれは現実的ではありません。

もう完全に銃は産業のひとつになってるし、本気でなくそうとしたらそういった産業の方面からの猛反発を食らうと思います。

(現にオバマ元大統領も在職中に銃規制に奮闘したけれどもダメでした…)

そもそも日本の銃刀法では拳銃の所持はは禁止されていますが、日本にだって拳銃を製造している企業は普通にいくつもあります。

でもいつか本当の意味で銃に頼らなくても平和に生きていける世界が訪れればいいなと思います。

2020/8/28

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