僕には何度行っても慣れない場所がある。
美容院である。
美容院に行きたくなさ過ぎて、いつも「髪を切りに行こう!」と思ってから実際に切りに行くまで半月くらいかかる。
そんな僕は半年前に一人暮らしを始めた。
はじめての一人暮らしで困ったことはいっぱいだったが、その中でも僕を悩ましたのが新しい美容院を探すことだった。
僕は髪を切られているときに話しかけられるのがどうしても苦手だ。
美容師さんは話もうまく、なおかつ聞き上手だから話しやすい。
ただどうしても髪の毛を触られながら、鏡越しの美容師さんに話しかけるのはなかなか慣れない。
そして髪の毛を受けるための前掛けエプロンで首元を締められるせいで声が出しにくい。
一人暮らしを始めた新しい美容院に行くのが怖すぎて、髪を切りに行くたびに帰省していたくらいだ。
慣れた場所でいつもの美容師さんにカットしてもらえる安心感、何にも代えられない。
そんな僕も一人暮らしに慣れてきたころ、ついに5年ぶりに新しい美容院に行く決心をした。
あれは11月だったと思う。
僕は初めての美容師さんにカットしてもらえることに対する期待と大きな不安をカバンに詰めて美容院のドアを開けた。
ーーあの日の僕のカバンは本当にパンパンだった。ーー
美容院特有のガラス張りの窓に若干焦りつつも僕は落ち着きを払った様子を見せながら、ソファーに腰を掛けた。
緊張で背中にじんわり汗がにじむ。
名前を呼ばれ、座席に座るとまずは聞かれた。
「今日はどうされますか?」
久しぶりにこの質問をされた。今まで行っていた美容院では「いつも通りで」とオーダーしていたためだ。
こういう時に僕は「こういう感じでお願いします」と言って、写真を見せることができない。
ヘアカタログの人が皆、キラキラしすぎて僕なんかがこんな髪型にしていいのだろうかとか考えてしまう面倒くさい人種だからだ。
ということで口で必死に自分の要望を伝えた。
美容師さんは僕の要望を汲んでかなりいい感じに仕上げてくれた。
僕はというと緊張と髪の毛を触られるときの何とも言えないくすぐったさでうまくしゃべれていたのかわからない。
気づいたら終わっていた感じだ。
そんなはじめての美容院から早4か月。
今日、僕はその美容院へ3度目の来院を果たした。
美容師さんとも会話が弾み、さっぱりて気持ちが良かった。
4か月前、震えながら髪を切ってもらっていた自分からは想像できない落ち着き具合だった。
慣れるって素晴らしい。
新しいことを始めるのはどうしても不安がつきものだ。
新しい美容院に行くことですらビクビクしてしまう僕にとって毎日は小さな冒険だ。
いつも心の地図を頼りに言葉を選び行動し、少しずつ慣れていく。
いつか心の地図なしで思いっきり冒険できるような人間になりたい。
2022/2/12