読書

『砂の女』を読んで

こんにちは、カイトです。

今回は安部公房さんの代表作、『砂の女』についての感想を述べていきたいと思います。

欠けて困るものなど、何一つありはしない。砂穴の底に埋もれていく一軒家に故なく閉じ込められ、あらゆる方法で脱出を試みる男を描き、世界二十数カ国語に翻訳紹介された名作。砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める村の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のうちに、人間存在の極限の姿を追求した長編。20数ヶ国語に翻訳されている。読売文学賞受賞作。

ここからは、結構細かいあらすじに踏み込んだうえで感想を述べていきます。
ネタバレしたくない人はここで読むのをやめてください!!

感想【ネタバレ注意

まず一番最初に思ったことは

こんな設定、いったいどうやったら思いつくんだ

ってことです。

『砂の女』では、1人の女が住む、脱出はまず不可能な砂の穴に、主人公である男が閉じ込められ、それを穴の上からそこに住む部落の人たちが観察するという設定でストーリーは進んでいきます。

非日常的でありながらも妙にリアルな、こんな設定を作り出す作者のアイデア力にはさすがに驚かされます。

推理小説やら恋愛小説やら青春小説やらはストーリーの面白さは別にして、設定自体はだいたい決まっていて設定自体に驚かされることは少ないです。逆にSF小説のようにあまりにも非日常的な設定かというわけでもないところがまたこの本に対する興味をそそります。

こんな全く謎の状況設定が本の背表紙にある、本の紹介文に書かれたら、ぱらぱらと中を見て見たくなりますよね。

一方でこういった、なかなか想像しにくい設定というのはその分、小説内の情景をイメージしにくいというリスクもはらんでいます。

これは僕の読解力不足なのかもしれませんが、最初の方は特に大まかな情景は思い描けるけど、細かい設定が分からなくなるというということが多々ありました。
しかし中盤以降には「男の顛末がどうなるんだ!?」という好奇心が大きくなりすぎて細かい状況は全く気にならなくなりましたね。
もう一度読むときは細かい設定にも注視して読んでいきたいですね。
1度目には見逃していた、物語に関わるような重要な伏線が張られている可能性もありますし…

また、この本は男の「穴から抜け出したい!」という思いの大きさの変化にも注目です。

男は物語を通じて終始、一貫して穴から抜け出したいという思いを持ってはいるのは事実です。
けれども始めは「今すぐに出たい!」と思っていたのが最後には「まあいつか出れればいいや」くらいの気持ちになっています。

べつに、あわてて逃げだしたりする必要はないのだ。いま、彼の手のなかの往復切符には、行先も、戻る場所も、本人の自由に書きこめる余白になって空いている。それに、考えてみれば、彼の心は、溜水装置のことを誰かに話したいという欲望で、はちきれそうになっていた。話すとなれば、ここの部落のもの以上の聞き手は、まずありえまい。今日でなければ、たぶん明日、男は誰かに打ち明けてしまっていることだろう。

逃げるてだては、またその翌日にでも考えればいいことである。

引用元:「砂の女」pp266

穴の中で、女と二人で基本的に何の娯楽もなく外界と遮断されながらただひたすら労働に勤しんいると、穴の中で起こる些細な出来事(上の引用部では溜水装置のこと)に関する反応がめちゃくちゃ敏感になります。

まあそうですよね。日頃の生活に刺激がなさすぎる分、普通に過ごしていたら特に気にもならないことにも感動してしまうものです。

それは次の場面にも、よく表れています。

しかし、ある朝、決まりの配給といっしょに、漫画の雑誌が差入れになった。…… 問題なのは、それを読んで、胃痙攣をおこしそうなほど、体をよじり、畳を叩いて、笑いころげてしまったということだ。

おおよそ馬鹿気た漫画だった。何がおかしいのか、説明を求められても、答えようのないほど、無意味で粗雑なただの描きなぐりだった。

引用元:「砂の女」pp234

日常に何の刺激もなければつまらない漫画でもとても面白く感じられるのです、相対的に。(相対的っていうのはつまらない日常に比べてっていうことです)

心の底から純粋に笑えるって素敵ですよね。しかし果たして我々のあわただしく、ドライな社会には一つの作品や些細な出来事に対して心の底からドッと笑えるような余裕があるのでしょうか…。
社会人なんかは特に、どこかに緊張感があったり常に気を使っていて、そういう機会が少ないような気がします…。

そして最終的には脱走することよりもその感動(溜水装置について)を伝えたいという気持ちが勝り、あんなにも脱出するのを望んでいた男の口から「逃げるてだては、またその翌日にでも考えればいいことである。」というような言葉が出てきたんだと思います。

また、男とは対照的に全くこの穴から出ようという考えのない、女の様子も目を引きます。

男は女がさも当たり前のように穴の中で平然と日々を過ごしており、外に出るという発想がない様子を見て、だいぶ参ってしまったはずです。

でも確かに穴に住んでいても毎日、穴の上から水や必需品の支給はされるし、生きていくうえで支障は特にありません。

(別に生きやすいというわけではないですが、生きていくのが不可能ではないということです)

そうやって生きていくことができている今の環境(穴の中の生活)をわざわざ捨ててまで穴の外に出る必要があるのかと女は言います。

一応補足しておきますが、女は部落の人たちにこき使われているのです。最低限生きていくだけのものだけを与えたうえで、労働をずっとさせているのです。でも女は生きていけてるから別になんも問題はないじゃんというスタンスで搾取されていることを気にも留めていないのです。

こういった考えの女と暮らして苦悩する男について着目して読むのもまた面白いです

まとめ

ということで今回は安部公房さんの『砂の女』という本について感想を書いてみました。

なかなか感動を文章にするのは難しかったですが、最初は難しくても読めば読むほど引き込まれていく、そんな魅力がある本だと思うので、気になる方は是非読んでみてください!

2020/9/14

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